NHK「風の電話 〜残された人々の声〜」を見て思ったこと

家族

東日本大震災で被害に遭われ、家族を亡くした方。

その心のほんの一部分にしかすぎないのかもしれないけど、NHKの番組を見てその心のうちにあるものにわずかながらでも触れることができたと思っていたりする。

時をかけるテレビ〜今こそ見たい!この1本〜
放送が始まってまもなく100年。NHKが制作・放送してきた星の数ほどの番組から、「今こそ見たい!」と厳選した名作をお届けします。過去の番組がまったく古くない!時代を超えたメッセージを読み解いていきます。

きっと、この番組内の人たちはごくごく一部でしかなく、同じような思い、似た思いを抱える人が何千、何万と居るのだと思う。

そんな方の誰かの心に少しでも届けばと思い書きたい。

突然いなくなった家族へ思いを届けたかった人へ

まずはご自身を労ってください

理屈であれこれと自分をねじ伏せて、なんとか奮い立たせて今を生きている。そんな感覚なんだと思うけど、そうしなければいけないほど心が疲れてしまっているという証だとも思う。

まずは「常に自分は毎分毎秒頑張っている、よくやっている」って労ってあげてほしい。

家族のことを思い、その思いがとてつもない孤独感を生む。だから一瞬でも忘れるために自分を追い込んでしまうようなことがあるかもしれないし、それも時には必要だと思う。

それでも時には頑張っている自分を労ってあげてほしい。

誰にも理解できない孤独感や虚しさ、少しだけわかります

家族がいなくなった辛さを他人が理解できるわけがないと思ったとしても、それは自然な反応だと思う。

僕も想像はすれど理解はできないと思っている。

僕の場合は親父と弟がすでに他界していて、母も高齢なのでいつ何時何があるのかわからない。母に万が一のことがあると天涯孤独になる。だからといって、震災で家族を亡くした方の気持ちが理解できるとも思っていない。

僕には母が居る分まだマシだろ?と言われればその通りだとすら思っている。

予想だにしないほど突然に一気に家族がいなくなる辛さ、その孤独感、それに日々耐える。すさまじい事だと思っている。人生の中で最上級の辛さだと思う。

だからこそ、時には力を抜いてほしい。自分を労ってほしい。

辛い時は今この瞬間だけに意識を

生きている理由が分からない。そう言っていた気持ち、少しわかる気がする。

自分の場合、母が憎いと思いつつも、母に恩返しをしなければという相反する葛藤した感情を抱えながら半世紀生きてきた。あまりにも長く葛藤した感情に支配されて生きてきたせいで、母が去った後に何を目標にすればいいのだろう?と思うことがある。

家庭に辛い思い出が多いので家族を持つことが怖く、家族を持つという選択をしなかった。仕事を失敗してからほぼ日雇い生活になってしまった。そんな自分だから友達に会うのが後ろめたく、距離を置いている。

だから、何を目的に生きればいいのか分からないという気持ちは少しだけだわかるつもり。

「ただ生きているだけに意味があるのか、そんなことをしていていいのか。」そう思う気持ちは少しだけ分かる。だからといって頑張れ!とか言うつもりはない。どうか力を抜いてほしい。

太陽を見て、散歩して、掃除をして。そんな時間を過ごしてみてほしい。少しだけ気がまぎれるので。

最後に

番組は2016年のものなので、あの映像から約10年が経過している。

全ての人がお元気にされていれば嬉しいんだけど、どうなんだろう…と思えてならない。

でも、そこを追求するのも違うかなとは思う。ただただ今は元気で過ごされていることを願ってやまないし、今ここで自分が書いたことが誰にも響かないというのが一番良いのかもしれない。

もちろん誰かに響いたとしてもそれはそれで嬉しく思う。嬉しいってのは違うかな?無事に届いたという安心感って言ったほうが近いかな。そんな風に思っている。

 

変な話かもしれないが、僕よりもつらい思いをしている人が今日も生きている。

その事実だけでも「僕も頑張らなくては!」と奮い立たせる理由や糧に繋がっています。負けずに生きている人がいる、僕も負けてはいけないよね。そんな思いです。

ただ生きているだけだと思うかもしれませんが、それでも決して無駄にはなってません。

生きている姿だけで励まされる人がここにいます。ただ生きているだけで十分なのです。生きている理由、生きている価値のようなものを迷った時にはそのことを思い出してほしい。

 

そんなことを番組を見て思いました。

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